回想



 三月だった。

 ぽかぽかした陽気の中、一人で散歩していた。

 ふと、足を止める。

 何が気になった訳でもないのに、何故だろう。

 県立文化体育館。

 引き寄せられるように、足を向けた。

 閉館の札を無視して、中に入りドアノブを回す。

 閉まっているはずのそれは、開いていた。

 二階の観客席。

 一度、幼なじみにつれられて、中学バスケの試合を見に来た事があった。

ダム。

 あるはずのない、物音。

 コートに視線を向けた。

「女の子…?」

 小柄で、可愛らしい顔、髪は短い。

 ボールを片手に、それは跳んだ。

 きれいなジャンプシュート。

「わぁ…」

 バスケは素人だが、思わず見惚れてしまった。

ぱちぱち〜☆

 突然の手を叩く音に驚いたのだろう、それは驚いたように顔を上げた。

「すごい! 上手だね!」

 にっこりと笑顔で褒められて、少し照れたように首を竦める。

 ちょいちょいと、手招き。

 誘われるままに、はコートに下りた。

 それはを見て、目をぱちくりさせた。

「めんこいなぁ、おチビちゃん。」

「? めんこい???」

 首を傾げるに、小さく笑ってしまう。

「何でもないわ。 でも、何でこんな所におるんや?」

 少し、間があった。

「………さんぽ。」

 ぽや〜んとした雰囲気に、堪えきれず吹き出した。

「あっはっは☆ 面ろい子やな〜。」

 首を傾げるを、じぃっと見つめる。

 は、それが持っているボールをじっと見る。

「バスケやるん?」

 指先で器用に回されるボール。

「ううん。」

 は首を振った。

 それはナマイキそうに、にぃっと笑って駆け出す。

 今度はレイアップシュートを決めた。

「お〜!」

 が目を丸くして、それを見つめる。

 一つ一つの動作に喜ぶに、気分がいいのだろう。

 それは、にっこり笑った。

「やるか?」

「いいの?」

 目を輝かせるに、大きく頷く。

 ボールを投げた。

 一度コートで跳ねて、ボールはの手に収まった。

 始めて触るバスケットボールは、大きく重かった。

 それを見ると。

 それはにっこり笑って、親指でゴールを指差した。

 大きく頷いて、駆け出そうとした時。

ギィ。

 ドアが開いた。

「誰だ!?」

 見回りに来た職員だろう。

「ヤバッ! 逃げるで!!」

 それはの手を取って、一目散に駆け出した。





 二人は走り続けた。

 公園まで駆けて、足を止める。

「足…速いね。」

(男の子だ…)

 肩で息をしながら、が言った。

「そっちこそ。 ボール持たせたままで悪かったな。」

「ううん。」

 の頭を、ぽんと撫でる。

 陽が傾いていた。

 思っていたより長い時間、体育館にいたようだ。

「家、どっち?」

「あっち。」

 と、指差す。

「そか。 逆やな…」

 それは少し考えて、小さく頷いた。

「ボールやるわ。 今日、出会いの記念に持っといてや。」

 が持ったままのボールを指差して、続ける。

「じゃ! 気ぃ付けて帰れよ!」

 元気に駆け出した。

 が一歩出る。

!!」

 それが振り返る。

「私の名前! きみは?」

 影が伸びる歩道。

 逆光の中で、それは笑った。

「樋口炎!」

 大きく手を掲げた。

「樋口炎や!」

 手を振って答える。

 段々小さくなって行く影を見送って、手元のボールに視線を移した。

 樋口が見せた、始めて出会った、バスケットと言うスポーツ。

「………やってみようかな。」

 中学入学前の、春休みだった。



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