更科戦開始



「!」

 香咲澪が眉を寄せた。

 泉沢の基本は、ハーフコートのマンツーマン。

 自分をマークしているのは。

「竜…」

 竜はじぃっと香咲を見据えていた。

 香咲は細く笑った。

「少しは、成長したんでしょうね?」

「そんなの、自分じゃわからないよ。」

 続ける。

「ただ… が頑張ろうとしてる。」

 ボールが黛からへ渡った。

「だから、ボクは澪さんに負けられない。 それだけだよ。」

 夏は。

 悔しさなんてなくて、ただ怖かった。

 更科にいた頃は、ただの一度も負けた事がなかったから。

 自分がバスケから離れていた2ヶ月程で、香咲は更に強くなっていた。

 手も足も出なかった。

 だから。

「死ぬほど練習してきたんだ。 楽に好き勝手にはさせない。」

 ドリブルの音が大きくなる。

 ずばっと、が中へ切り込んだ。

「!」

 マークをしていた更科の選手は、目を丸くするだけで反応できない。

 フックショットが決まった。

 まずは、先制点。

 藤真が眉を寄せた。

(今のは…)

「よし! 絶好調!」

 大祐が手を叩いた。

 京が小さく息を吐く。

 今、この会場にいる誰よりも。

 藤真はを見て来た。

 それと同じくらい、樋口も見て来た。

 がボールを奪う。

 会場がざわついた。

「…すげえな。 更科が翻弄されてるぜ。」

 観客が呟いた。

 練習以上のものが、この試合で発揮されている。

 藤真の目にはそう映った。

 それに。

 フェイクを一つ入れて、ジャンプシュート。

 信じられない事が、今、目の前で起きている。

 シュートにフェイク、それにパスの流れ。

 は、昨日の樋口と全く同じ動きをしていた。

 従って、動きは悪くない。

 むしろ良すぎるくらいだ。

………)

 胸が詰まりそうだ。

 誰よりも樋口の事が気になっているはずなのに、一言も口に出さなかった。

 今のは、試合の流れを再現する事でしか、樋口を探せない。

 そんな風に見えたから。

 このまま試合が進むとは思えない。

 自身もそうだが、香咲が黙っていないだろう。

 そうだとしても。

 藤真はぎゅっと拳を握った。

勝って欲しい。―――

 それがの、そして樋口の夢だったから。



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