引き抜き



 保健室のドアをノックしようとして、藤真は手を止めた。

 中から、話し声が聞こえる。

(誰だ…?)

「だからさー、ね? 考え直しなってば。」

 聞き覚えのない声。

 バスケ部の誰かではないらしい。

「もったいないって。 その足があれば、インターハイ優勝も夢じゃないよ?」

「…陸上部やな。」

 突然の声に、藤真は振り向いた。

 後をつけて来たのか、樋口がぼやいていた。

「知らなんと思うけどな、俺もちゃんも、陸上部にしつこく勧誘されとんねや。 いわゆる、引き抜きってやつやな。」

 中の会話に、耳を澄ます。

「その背じゃ、レギュラーなんか狙えないでしょ? 陸上部にきたら、さんのために、リレーの席開けるよ?」

 が何て言うか、聞きたかった。

「ほら、バスケの練習がきつくて倒れたんでしょ? もう止めちゃいなよ。 一緒に走ろう、ね?」

 がここで陸上部を選んでも、藤真に止める権利はない。

 所属するクラブは、個人の自由。

 加えて、無理をさせすぎて倒れたとなれば。

 少女の言うとおり、確実にレギュラーになれる陸上部の方が…

「ゴメンなさい。」

 藤真はわずかに驚いた。

「走っている時って、一人じゃないですか。 私は、みんなで頑張りたいんです。」

 は続ける。

「練習はキツイかも知れないけど、何か… わくわくするって言うのかな? すごく、楽しいから。」

 樋口は、やっぱりと言った顔で笑っていた。

「私は、バスケを続けます。」

 少女は面白くなさそうに、口を利いた。

「ま、気が向いたらおいでよ。 歓迎するからさ。」

 保健室のドアを開けると。

「…げ。 バスケ部………」

 少女は気まずそうに、逃げるように、去って行った。

「先輩と、樋口くん…?」

 首を傾げるに、樋口がにっこりと笑う。

ちゃんが、バスケ止める時は、俺が止める時やねんもんな〜。」

 藤真は、樋口の言っている事がわかっていないのか、首を傾げるをじぃっと見据えた。

「………今日の午後は、ビデオを見る事にする。 部室じゃなくて、3年4組の教室に来るように。」

 不器用に言って歩き出す藤真。

 その背を見送りながら、樋口が呟いた。

「なんだかんだ言って、甘いんよな。 ま、当然やけど。」

 樋口の言葉に、はやっぱり首を傾げていた。

 だけど、藤真の声が優しかったのは、気のせいじゃないと思った。



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