息を飲む。

「12番! アタシが付くわ!」

 香咲が叫んだ。

 夏の大会。

 意外性は付かれたが、これほどまでに追い詰められる事はなかった。

 スコアボードを見上げる。

 27 - 20 。

 確かに更科は、スロースターターな傾向がある。

 だが、それでも。

 残り二分半で前半が終わると言うこの時間帯に、7点も差を付けられているなんて信じられなかった。

 竜はそろそろスタミナが切れる頃。

 少し早いが、自分がをマークしても大丈夫だろう。

 ダム。

 規則正しい、ドリブルの音。

 自分よりも小さいを、じぃっと見つめる。

 香咲は眉を寄せた。

 夏は、なかったのに。

 今は対峙しているに対して、恐怖に近い感情を抱いている。

 香咲から見て今のは、集中を超えて異常な精神状態だ。

「…何が、貴女をそうさせているの?」

 静かに、問いかける。

 が駆けた。

 二つのフェイクを交えたが、さすがは香咲。

 ぴったり、マークを外していない。

 コートも、試合もすごく熱いものなのに、の周りはとても静かだった。

 自分の心臓の音だけが、大きく聞こえる。

約束したから。―――――

 今度は抜いた。

トッ。

 後ろからボールを弾かれた。

 やはり香咲は、簡単に抜かせてくれない。

 慌ててボールを取り、じっと香咲を見据える。

 膠着状態が、しばらく続いているように感じられた。

ちゃん!』

 樋口と藤真と、優勝すると約束し、そのために練習をがんばったのだ。

 フェイクを入れて、竜にボールを回す。

 一瞬、緊張が解けた。

 ちらっとを見る。

 最後はきっと、が決めるだろう。

ちゃん、ファイトやで〜!』

 厳しい練習の中、樋口と二人だったから頑張れた。

 互いに励まし合いながら、いつも、一生懸命だった。

 が動いた。

 香咲のマークは、外れていない。

ちゃん、ありがとう。』

 樋口の笑顔は、心地よかった。

 樋口だから。

 自分の全てを、知られてもいいと思えた。

 フェイクを入れる。

 今度は、香咲を交わした。

!」

 竜にボールを貰って、そのまま駆け出す。

『オレな、大好きなものが二つあるんや。』

 樋口は笑った。

『一つはバスケ。 もう一つは… 姫や。』

 歓声が大きくなる。

「…ダメだ。」

 藤真が眉を寄せた。

「どこ行くんだよ?」

「交代させる。 このまま試合を続けるのは、危険だ。」

 大祐の制止の声も聞かず、藤真は立ち上がった。

『…姫には、好きな物ある?』

 は跳んだ。

「これ以上打たせないわよ!」

 香咲の声に、三人の更科の選手が跳んだ。

バシッ。

 思い切りファールをされた。

 それでも、はまっすぐにゴールを見つめていた。

ぽすっ。

 ボールがゴールに吸い込まれた。

 いくら更科だと言えど、ショックは隠せない。

 の小さな体は、頭からコートに落ちた。

!!」

 叫んだのは藤真だったのに。

 何故だろう。

 樋口の声が、聞こえた気がした。

 前半、残り一分半。

 得点は 29 - 20 。



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