「もぉ、炎くんってばダメだよ。 授業中に…」 の声を遮る。 「もうすぐ、クリスマスやな。」 「ん、クリスマスだね。」 さらっと、話題を変えられたのに、素直に頷く。 「パーティーしたいなぁ… オレと姫と… ついでにボスとかみんなも。」 樋口の言葉に、が目をぱちくりさせた。 「え、やらないの?」 まだ席に座ったままの樋口が、を見上げる。 は首を傾げていた。 樋口は細く笑った。 「さ、部活行こか!」 元気に立ち上がる。 大会終了後は、明確な目標はなく、ただ冬期練習を繰り返していた。 ただ、相変わらず、藤真の特別レッスンは続いていた。 「よし! スクエアパスの練習だ!」 藤真が手を叩いた。 「藤真君。」 突然名を呼ばれて振り返る。 「先生…」 佐藤先生が手招きをしていて、藤真は首を傾げた。 「樋口君とさんも。」 ちょいちょいと、手招き。 「?」 が首を傾げて藤真を見る。 「行こう。 みんなは練習を続けてくれ!」 三人が呼び出されたのは、来賓室だった。 「練習着ですみませんね。 何せ急だったもので。」 佐藤先生が首を竦めた。 「いえ。 こちらこそ、いきなりすみません。」 年は中年の頃だろうか。 一人の男。 「…」 藤真が、一瞬眉を寄せる。 (知っとるん?) 小声で聞く。 (ああ…) 佐藤先生が三人を見る。 「紹介します。 中学バスケット会会長さんの、島田 一 さんです。」 「よろしく。 今回の選抜の総責任者を務める事になった。」 島田が三人を見て笑った。 「選抜…?」 藤真が少し困った顔をした。 「…俺三年ですけど………」 島田が首を振る。 「選抜開始までの一週間、合宿をしている。 君も去年参加しただろう。」 年末から年明けにかけて、県対抗で試合が行われる。 「確かに三年は試合には参加出来ないが、合宿で後輩達の練習相手になってもらえれば。 そう思ってね。」 島田が樋口とを見比べた。 「今年の神奈川に、俺は期待している。」 続ける。 「泉沢から、樋口炎と、そして藤真健司。 君達三人には是非参加してもらいたい。」 急な話に、三人が言葉を飲み込んだ。 「明日から一週間だ。 設備もメンバーも、最高に整えてある。」 「誰が来るんや?」 樋口が訊ねた。 「君が気になる所と言えば、そうだね…」 島田は少し考えて、樋口をじっと見た。 「…富ヶ丘中の流川楓。」 樋口が眉を寄せた。 「まだ返事は貰ってないが、きっと参加するだろう。」 島田が続けた。 「女子は、富川の尹妃奈、更科の香咲澪…」 じぃっとを見た。 「武石中の三井は、残念だが、受験があるからと断られてしまったよ。 海南・陵南の推薦を蹴って、湘北を受験するそうだ。」 島田が続けた。 「一週間で見違えるほどに上手くなる。 バスケだけに打ち込んでもらう。 上手くなりたいだろう?」 いつものぽやーっとした空気で、が沈黙を破った。 「クリスマスパーティー… 出来なくなっちゃうね。」 「へ? あ、あぁ… そうやな…」 突然話を振られて、樋口がきょとんとした声で答えた。 「一週間………」 が唇を尖らせた。 それを見た樋口が、にこりと笑った。 「せっかくやけど、遠慮するわ。」 あっさりと断られて、島田が一瞬言葉を飲み込んだ。 「なっ… 県の代表だぞ? 誰でもなれる訳じゃないんだ。 それでも断るのか?」 と樋口が顔を見合わせて、頷く。 「ん、オレ等ぼちぼちやってくわ。 ほな、練習戻るな。」 踵を返そうとした二人を、慌てて呼び止める。 「ま、待て! 俺は若い頃は全日本の選手だったんだぞ! こう言った機会でもない限り、生徒の指導などしないんだ!」 樋口がぽりぽりと頭を掻いた。 「おっちゃんがどんだけ名コーチか知らんけど、オレ等の鬼コーチは… ボス一人で十分や。」 そう言って、樋口がナマイキそうに笑った。 「そ! ボス一人!」 も笑顔で頷いている。 「待て! 優勝校のエースに断る権利など…」 バタン。 言い終えるより先に、ドアを閉められてしまった。 がくっと、島田はその場に座り込んだ。 くる〜りと、ゆっくり、藤真の方を振り返る。 「藤真… 来るだろう?」 藤真は少しバツの悪そうに笑った。 「せっかくですけど… 卒業までは、アイツ等の成長を側で見ていたい。」 首を竦める。 「そんな事を思ってしまいました。」 二人に続いて、来賓室を出た。 ショックを受けたのだろう。 石になったようにその場から動けない島田を見て、佐藤先生が困ったように言った。 「だそうです。 最初に期待しないで下さいと、確かに私は言いましたよ。」 来賓室を去る。 島田一人が、そこに残された。 |