忘れモノ〜翔陽〜



「よう、やってるな。」

 少し前まで毎日聞いていた声。

 何故か凄く懐かしく思えて、は振り返った。

「キャプテン!」

 体育館入口に卒業して間もない、藤真と花形が立っていた。

「「「「「藤真さん! 花形さん! チューッス!!」」」」」

 練習をしていたバスケ部一同が、揃って頭を下げる。

 昨年度。

 神奈川の帝王・牧紳一と並んで、神奈川の双璧と呼ばれていた藤真健司。

 監督と言う思い重責を背負いながらも懸命にバスケに打ち込んでいた藤真に、翔陽バスケ部は今も頭が上がらない。

、藤真はもうキャプテンじゃないぞ。」

 花形がを見つめて微笑んだ。

「あ、ごめんなさい! ついクセで・・・」

 頭を下げるに、藤真が首を振る。

「別にいいよ。 そっちの方が慣れてるだろ。」

「コレ、差し入れだ。」

 花形がコンビニの物らしい袋をに渡した。

「はい、ありがとうございます。」

 にこにこしているを見て、2人は小さく笑った。

 厳しい練習中、何度の笑顔に励まされたかわからない。

「先輩方、練習を見に来てくれたんですか?」

 声をかけたのは、伊藤卓。

 藤真引退後の、新キャプテンだ。

「まあな。 新監督が来るのは4月からだろ。 それまでは、一応俺が監督だ。」

 藤真の言葉を続けるように、花形が問う。

「新キャプテン、練習の方はどうだ?」

 伊藤は答えず、ただ頭を掻いた。

「それがぜ〜んぜんなんですよ。 伊藤君、緊張しているのか、ガッチガチで。」

 可笑しそうに笑うに、伊藤は反言出来ず、ただ言葉を飲み込んだ。

「いいじゃないか、藤真だって初めはそうだったんだから。」

 軽くフォローして、花形は藤真を見る。

「でも、キャプテンは私達の前で、そんな素振りはみせませんでしたよ?」

 藤真が小さく首を竦めた。

「コートに入りますか?」

 伊藤が訊ねた。

「俺はそのつもりだ。」

 花形がそう答えて、コートに入った。

「キャプテンは?」

「今日はいい。 指導する側に回るよ。」

 藤真の答えを聞いて、は急いで立ち上がった。

「じゃ、イス持って来ますね。」

 藤真は、が持ってきたイスに座って、しばらく練習を見ていた。

 忙しそうに動き回るが、目に付く。

 あまり考えた事はないが、部員がこれだけいてマネージャーが一人と言うのは、かなり厳しいかも知れない。

。」

 手招きして、を呼ぶ。

「お前も少し座って、練習を見ていろ。」

 少し考えた後で、は藤真の隣にちょこんと座った。

「・・・マネージャーは大変だろう?」

 突然の問いに、は少し驚いた。

「地味で目立たないけど、意外と仕事が多いよな。」

 は首を振った。

「そうかもしれませんけど、やりがいがありますよ。 皆のために、何かしたいんです。」

 その答えを聞いて、藤真は細く笑った。

「・・・実はな、忘れモノを取りに来たんだ。」

 が首を傾げる。

「何か忘れました? 何も残ってませんでしたよ?」

 藤真は微笑んで、を見つめた。

「ああ。 すごく大切なモノなんだ。」

 綺麗な整った顔でにっこりと微笑まれ、は心臓が跳ね上がるのを感じた。

「な、ななな… なんですか?」

 平然を装いたいのだが、バカ正直な性格が災いしてどもってしまう。

 藤真は微笑まし気に笑った。

「卒業と同時に家に持って帰りたかったんだけど、どう持って返ろうか悩んでね。」

 藤真の指が、の髪をくるくると巻くが、真っ直ぐな髪はすぐに元に戻ってしまった。

「あ、あの・・・ キャプテン?」

 今までにないほど近い所に、藤真の顔がある。

「そ、その忘れモノって・・・?」

 は藤真に聞こえるのではないかと言うほど、ドキドキしていた。

 藤真はを見つめたまま、にっこりと笑った。

「俺の目の前にいる人。」

・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・は?

それは、つまり・・・・・。

「あ、あたし・・・ですかぁ〜?」

 の間抜けな声が体育館に響いた。

 部員達が何事かと、二人の方を振り返る。

「…やれやれ。」

 花形が人知れず溜息を吐いた。

 体育館中の注目を浴びている事に気付かず、はただ慌てるしか出来なかった。

(また… 誰かを騙そうと………)

 2年間、事ある事に藤真にからかわれ続けた。

 卒業してなお、藤真は自分をからかうのか。―――

 そう思うと無性に腹が立った。

 はキッと藤真を睨むと、立ち上がって踵を返した。

「? ?」

 何ら反応のないを見て、藤真が首を傾げる。

 は淡々と、言い放った。

「まだ、そうやって… あたしをからかうんですか?」

 は強がりたかったが、声が震えてしまうのはどうしようも出来ない。

 いつもからかわれていたが、たった一人のマネージャーである自分に藤真は優しかった。

 毎日家まで送ってくれもした。

 試験前は勉強も見てくれた。

 さり気ない優しさが嬉しくて、一緒にいればいるほど惹かれた。

 すごく、悔しい。―――

(あたしはキャプテンが、好きなんだ…)

 はキツク唇を噛み締めた。

 藤真はバツの悪そうに頭を掻いて、コチラに注目したまま固まっている部員達に苦笑った。

「…。」

 優しい声音で名前を呼んで、背後から抱き締める。

「…これでもまだ、からかってるって?」

 密着した背中越しに、藤真の鼓動が伝わって来る。

 の体から、力が抜けた。

「おっと…」

 藤真が驚いて、を支えてやる。

「…どうした?」

 意地悪く笑って、に訊ねた。

 自分の全体重を藤真に預けるような体勢のまま、は首だけを上げた。

「だ、だって〜………」  は藤真を見て、真っ赤になった。

「あ、あたしと同じくらい… ドキドキ言ってるんだもん… ///// 」

 そんなを見て、藤真は満足そうに笑った。

「俺ね、好きな子ほどいじめたいってヤツ? さっさと気付けよ、鈍感。」

 ぎゅっとの鼻を抓む。

「しぇ、しぇんぱいのばかぁ…」

 の目尻に涙が浮かんだ。

 藤真はの肩を抱くと、部員達を見回した。

「伊藤! 俺の忘れモノ、返してもらうぞ。」

「えっと… 藤真さん !?」

 どうすべきか困ってる伊藤に、笑いながら言葉を投げる。

「代わりに花形置いて行くからな!」

(…俺かよ。)

 花形は疲れたように一つ溜息を吐いた。

「どこに…?」

 首を傾げるの耳元で、そっと囁く。

「言っただろ。 卒業と同時に家に持って帰りたかったって。」

 天使のように微笑んだ藤真に、は何もいえず口をパクパクさせていた。

「そう言えば、俺だけ"卒業おめでとう"って言葉… 貰ってないんだよな。 どうして?」

 はこれ以上ないくらい赤くなっていた。

「だって…言いたくなかったんだもん……… 卒業したら… 寂しいから…。 ///// 」



× × × × × × × × × ×



 はこのまま、お持ち帰りされたいですv(死)
 はい、翔陽。
 ってか、藤真さんドリーム。(笑)
 いつもと同様、長くなってしまい、強制終了。(爆死)
 連載の方では、ただ優しく・さわやか・儚いイメージ(どんなだ? / 笑)なので
 今回は、悪戯好きな、少年ってイメージで書いてました。(え? 違います?)
 皆さん、どちらの藤真が好きですか?



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