「下校の時刻になりました。校内に残っている生徒は―――」
「よし、10分休憩!!」

いつからか下校放送が部活前半終了の合図になった。
10分間、良く耳にするクラシックをバックに彼女がアナウンスをする。
その声を聞きながら身体を休める。
好きなコの声で練習を止め、その声を聞きながら休み、終わると同時に再開する。
なかなか体験できそうにない贅沢な時をこの体育館で過ごした。
2年間、彼女は一度だってその放送を忘れなかった。
休日を除いた毎日、俺は彼女の声をスピーカー越しに聞いていた。
逢えない日もそれだけで幸せだった。

「長いもんだな…知らなかった」

独り言のつもりが在学中のチームメイトには聞こえていたようで。

「これくらいで長いなんて言えるのか?」

と、半ば呆れたように言われてしまった。










2週間。
それがこんなに長いなんて知らなかった。
正確にはもうすぐ2週間。
実際にはまだ10日程。
それすらながく感じる。
何をやっても集中できず、自然と足が向いていた。
体育館を覗くとかつての仲間がいて。
久しぶり、と笑った。
部活中の後輩に挨拶をして校舎に戻った。
卒業したばかりの学校。
下駄箱、渡り廊下。
教室にまでも彼女がいて。
垣間見えるそれは幻に過ぎないけれど、不思議と心が落ち着いた。








『花形先輩、藤真先輩vおはようございます』
、おはよう』
『朝から元気だな、お前は』
『そうですか?だったら藤真先輩のおかげです。朝から会えるなんて…ついてるな、今日はvv』
『…俺はどうでもいいのか?』
『え!?やだ、そう言う意味じゃないです』

本当に嬉しそうにアッサリと言うから。
真っ赤になって焦って否定するから。
本気なのか冗談なのか分からなくて。
いつも曖昧に笑うことしか出来なかった。







「結局、どうにもならなかったな」
「花形……別に俺は何かを望んでたわけじゃないさ」
「その割に未練たっぷりみたいだな。部活のお前とは大違いだ」

先に戻る、と行って花形は階段を下りていった。
それを見送りまた歩き出す。
思い出すのは楽しそうに笑う彼女。
そして綺麗な発音のアナウンス。
何かを望んでいたわけじゃない。
伝える術など、どこにもなかったから。
それでもこうしてここにいるのはどこかで望んでいるから。

――逢いたい

このまま同じ学校に通った先輩と後輩で終わるのが悲しくて。
だからと言ってそれは変わることはないし今更どうにもならない。


重いドアの前で足を止めドアノブに手をかける。
初めて開ける扉。
彼女が下校放送をしていた空間。
その場所は今も昔も変わらない。
ただ違うのはそこに彼女がいないということだけ。
誰もいない空間が俺を迎えてくれるだろう。
でも彼女が過ごした場所を見ておきたくて。
静かにドアを開け放送室に入った。

「………?」
「え?」

信じられない景色を見た。
放送器具に本棚。
絨毯張りの贅沢な放送室。
その窓辺に彼女を見た。
幻…?
でもその幻は振り返りそして…

「藤真、先輩……?」

変わらぬ声で俺を呼んだ。

「何で、いるんだ…?」
「先輩こそ…あ、部活ですか?」
「あ、あぁ、まぁ…」

ふと目が合って二人して黙り込んだ。
目を逸らすこともせず見詰め合ったまま。
訪れた静寂は決して嫌なものじゃなかった。
むしろ心地良くて。
いつまでもこのままでいたいと思う程に。






どれくらいそうしていたのかは分からない。
チャイムの音に我に返りどちらからともなく視線を外した。
俯く彼女の傍に歩み寄り、窓にもたれる。
ふと階下を見るとそこにはテニスコートと体育館が見えた。
そういえばここに入った時、窓の下を見ていたな、と思い出す。

「何を見てたの?」

そう問うと「え!?」と、顔をあげ頬を染めまた俯いてしまった。
これは…体育館を……バスケ部を見ていたと思ってもいいのだろうか。

「バスケ部?」

その問いに彼女は無言で答えた。
更に赤く染まった頬が肯定の返事をくれた。





「いつも…君の声を聞いてた」

窓の桟に手をついて涼しげな風を受ける。
彼女は不思議そうに俺を見上げた。
小首を傾げる仕草が可愛くて、手の甲で彼女の頬に触れる。

「下校放送。あれが合図だったんだ」
「合図、ですか?」
「あぁ。その声で練習を止めて、休憩を取って…放送が終わると後半の始まり。
10分間、スピーカー越しに声を聞いてたんだ。逢えない日もそれで平気だった」

いつも存在を感じていられたから。
その声が聞こえたから。

「でも…卒業して、会えなくなって。もう声すら聞けないんだと思ったら…ここに来てた」

俺が話す間彼女はきょとんとした顔で俺を見ていた。

「…伝わってない?」

彼女を見て言うと首を振って「そうじゃない」と言う。

「先輩、どうして私が放送委員になったか分かりますか?」

突然の問題に当然俺は解答できず「分からない」と伝える。

「ここから…良く見えるんです、体育館」
「うん」
「放課後…いつもここで見てました」
「……俺を?」

その返事はなく変わりに小さな微笑を作る。

「部活をしていれば、聞いてもらえると思って。声だけでも、私を、届けたくて…」

そう言った彼女を抱き寄せる。

「これからは…声だけじゃない」
「…はい」
「いつも君を感じていたいんだ」
「私も…姿だけじゃなくて…先輩の声が、聞きたい、です」
「もちろん…」


涼しげな風が吹き込む。
体育館からはボールの音や声が聞こえる。
そんな中俺は彼女に口吻けた。
すぐに真っ赤になった彼女が離れようとしたがそれを許さずきつく抱きしめる。



名前を呼ぶと照れたように笑った君がぎゅっと俺を抱きしめてくれる。





初めて開けたドアの向こう。
そこに広がるのは機材と絨毯。
そして今日俺はそこに、君を見つけた。
無が広がるはずの空間に確かに君はいた。
何かを望んでいたわけじゃない。
それでも逢いたくて、声が聞きたくて。





扉の向こう。
今日もまた変わらぬ君が。
俺を見て微笑む。
















――そんな景色





























2500hitの亜椎深雪さまのリクエストです
甘い話で、ヒロイン年下、ちょっと天然なヒロイン…
さて、リクエスト内容はどこへ消えてしまったのでしょう……
いえ、最初書いていたものが長くなりすぎてしまい…
終わる兆しが見えなかったので変更したところ……
なにやら意味不明なものになってしまいました…
亜椎さん、ごめんなさい
いつでも返品可ですので気に食わなければ言ってくださいね
そして2500hitありがとうございましたvv



× × × × × × × × × ×



蔵月紅南様より、頂きました。
 きゃ〜っv 藤真先輩ーっvvv
 蔵月さんありがとうございます。
 はにゃーんv 先輩素敵v



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