霊前の誓い



様! 様、起きて下さい!」

 大分聞き慣れた側女の声に、が眉を寄せた。

「何だ…?」

 まだ、起きるには早い時間だ。

「…どうした、何かあるのか?」

 半分寝惚けているのだろう。

 一度欠伸をして、が布団から顔を覗かせた。

「白哉様から届け物です。」

 側女の声に、目をぱちくりさせる。

 一瞬で目が覚めた。

「白哉、から…?」

「はい。 お召し替えになりましたら、門の前で待っていろとの伝言です。」

(召し替え… 着物か…)

 何でまた、突然それを届けたのか。

 には全くわからない。

 しかも、着替えて待っていろなんて…

(相変わらず勝手やヤツだ…)

 箱を開けると、実にきらびやかな一枚の着物。

 薄紅梅の絹地に、細かい刺繍が施されているそれは、名匠の作品だろう。

(またこんな高価な物を…)

 が小さく息を吐いた。

 こんな物をよこすくらいなら… 側にいろ。

 常々そう思うが、言葉に出せずにいる。







「ふぅ…」

 小さくため息を吐く。

 側女は似合うと褒めたが、こう言った格好は好まない。

 着物に着られているような気がするのだ。

 もちろんそれは少女の思い込み。

 薄紅梅の着物は、漆黒の髪と同じ色の瞳の少女に、とてもよく映える。

 それにしても…。

「…いつまで待たせるのだ…」

 さほど時間は経っていないが、やる事もなくただ待たされているだけと言うのが気に入らない。

「くそぅ、白哉のヤツ……… 私を待たせるとはいい度胸だ。」

 が眉を寄せた。

 いつも腰に差している斬魄刀は、今日は手に持っている。

 鎖で巻き付けられ、鞘に納まったままのそれを真っ直ぐに見据えた。

 何か… 嫌な予感がする…。

 昔から、着飾っている時はろくな事がない。

グイッ

「っ! きゃぁ…!」

 突然、何かに攫われた。

ガシャン

 あまりに突然の出来事だったので、斬魄刀を落としてしまった。

 黒曜石の瞳の隅に、銀髪が映る。

「………」

 は何か言いたそうに眉を顰めた。

「…市丸… 何の用だ?」

 どこからか現れ、を攫ったそれは市丸だった。

「いやァ、随分可愛らしい落し物やな 思うたら、ちゃんやんかァ。 ボクとしては、拾わずにはおれんわ〜。」

「落し物扱いするな! 私は物ではない…!」

 暴れようとするを見て、市丸が首を振る。

「あかんって。 折角キレイな格好してるんや。 暴れたら汚れてまうで?」

 が軽く唇を噛む。

 確かに、この格好で暴れる事は出来ない。

 だからと言って、大人しく連れ攫われる訳にも行かない。

(白哉に待っていろと言われたのに……… ん?)

 が眉を寄せる。

 何も告げずに、自分を待たせた白哉が悪い。

 の頭の中で、結論はそこに達した。

(そうだ。 悪いのは白哉だ。)

 一人頷くものの、市丸に抱きかかえられているのは不愉快である。

 を抱えていると言うのに、市丸は早かった。

 朽木の大きな屋敷はもう見えない。

「んー…?」

 ふと、視界の隅に何かを捕らえた。

「なー、市丸。」

「んー、なんや?」

 はにこりと笑った。

「縛道の一・塞。」

ビキン

「うわァっ…!」

 ベシャッと、市丸がその場に潰れるように倒れる。

「何するんや、ちゃん…!」

 はその腕からひらりと抜け出し、市丸の声を無視して口を利いた。

「おーい、吉良ー! 市丸はここにいるぞー!」

 の声に、市丸が焦る。

「あ、あかん…!」

 直ちにその場から逃げようとするが、の縛道がそれを許さない。

ビュン

 っと、風を切るようにそれはやって来た。

「み、見つけましたよ、市丸隊長…!」

 かなり走り回っていたのだろう、吉良は真っ青だった。

「も〜、いい加減にして下さいっ! 今日と言う今日は許しませんっ!!」

 自由の利かない市丸の襟首を摘んで引き摺る。

「ありがとうございます。 助かりました、さ…」

 に視線を移して、吉良が言葉を飲み込んだ。

「ん? どうした、吉良?」

 は目をぱちくりさせて首を傾げる。

「あ、いえ… その…」

 吉良はわずかに口篭って続けた。

「き、今日は、一段と素敵ですね… 思わず見惚れてしまいましたよ。 /// 」

 吉良の声に、が首を竦めた。

「青くなったり赤くなったり、中々忙しいな、吉良は。 早く連れて行け。 書類が溜まっているのだろう?」

「あ、はい。 ご協力感謝します。」

 ズルズルと市丸を引き摺って隊舎へ戻る吉良の背を見送って、が小さく息を吐いた。

「さて。 私も帰るか…」

 どうせなら、先程のお返しに白哉を待たせてやろう。

 そう思ったが、手元に例の斬魄刀がないと落ち着かない。

 出来るだけ早めに戻ろうと、決めた。









「…すっかり秋だな。」

 数日前の暑さが嘘のようだ。

 空はすっかり高く、どこまでも青い。

「あー! 発見ーっ!」

 聞き覚えのある声に、が視線を移す。

 元気に手を振るやちると、更木や斑目、綾瀬川など、十一番隊の知った顔。

ーっ!」

 更木の背からぴょんと飛び降りて、やちるがの方へ駆け寄って来る。

「やちる!」

 無邪気な様子につられて、が駆け出し…

ブチッ

「え?」

 市丸の腕から飛び降りた時に何か衝撃があったのだろうか。

 下駄の鼻緒が切れている。

「きゃぁ…!」

 駆け出そうとしていたので、急に止まる事は出来ない。

 転ぶのを覚悟して、キツク目を閉じた。

がしっ

「…ん?」

 少し驚いて、がゆっくり目を開けた。

「ま、斑目…」

 十一番隊第三席の斑目一角が、の小さな体を受け止めたのだ。

「大丈夫か?」

「うむ。 助かったぞ。」

 頷くを見て、一角が小さく息を吐いた。

 少し屈んで、じっとその足元を見る。

「あー… 切れちまってんな…」

 は困ったように眉を寄せている。

「そんな顔すんなよ。 直してやるから待ってろ。」

 一角が振り返る。

「おい、弓親! ハンカチ貸せよ。 持ってんだろ?」

「まったく… それが人に物を頼む態度かい?」

 呆れたように呟くが、弓親は言われた通りにハンカチを渡した。

「それにしても、…」

 を支えて、じろじろと見回す弓親。

「何か特別な日なのかい? 今日の君は、いつもより素敵に見えるよ。」

「そ、そうか…? /// 」

 さらりと真顔で言われては、照れるしかない。

「ん。 一角、君もそう思うだろ?」

「…お、おぅ… /// 」

 丸めた頭にまで、徐々に血が上ってゆく。

 それを見ながら、更木が楽しそうに笑った。

 を取られたやちるは、その裾を握って膨れている。

「ほら、直ったぜ。」

「ありがとう、斑目。」

 下駄はすっかり元通りに直っている。

「ふむ。 中々器用だな。」

 感心したように、が呟いた。

「後日改めて礼に伺おう。 手土産は茶菓子で良いか?」

「いや、別に土産なんか…」

「こんぺいとうー!」

 一角の声を遮って、やちるが言った。

「金平糖…?」

 首を傾げるに、やちるが元気に頷く。

 が首を竦める。

「やれやれ… やちるには敵わないな。 金平糖で良いか?」

 と、一角を見上げた。

「お、おう…」

「では、明日の午後に十一番隊の隊舎へ伺う。 仕事に励めよ。」

 笑顔で手を振り去って行くを見て、一角が小さく溜息を吐いた。

 弓親が、呆れたようにその肩を叩いた。

「…素直に言ったらどうだい? 土産なんてなくても、来てくれるだけで嬉しいって。」

「うるせえ… んな事言えるかよ…」

 やちるが更木の裾を引く。

「つるりんって、に弱いよねー、剣ちゃん。」

「フン。 明日の午後か… 面白くなりそうだな。」

 更木が一人、楽しそうに笑った。







後編へ







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長くなりそうなので、前・後に分けます。

後半へどうぞ。
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